団内紹介

来る10月10日に行う第70回AGC(Alma Golf Club)大会の参加者募集が団内に発表され、奇しくもアルマ創立70周年の年にAGCの70回大会が重なったという節目の意味があったのか、AGC幹事が参加者募集の案内に「AGC歴代入賞者一覧表」を添付されました。
これを見た古参団員の増田博氏と小寺祥雄氏からアルマでの課外活動の思い出がメーリングリスト上に寄せられましたので、ここに掲載します。
       
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                                 B2 増田 博
 森崎さん、AGC歴代入賞者一覧表の送付、有難うございます。皆様ご高承の通り、今年はアルマ創立70周年にあたる年で、70年のうち60年近くをアルマで過ごしてきた私には大変感慨深いものがあり、このAGC歴代入賞者一覧表を拝見して一層いろんなことが思い出されます。
 この表によるとAGC大会の第1回は昭和54(1979)年ですが、AGCより前、最初にできたのはAAC(Alma Alpine Club)でした。
わが国にまだゴルフブームが来る前の昭和30年代半ばごろで、まだ団員全員が若かったこともあって、夏には登山、冬にはスキーをやっていました。
現B1小寺さんはそのときのメンバーで、いまのアルマ現役メンバーで残っているのは同氏一人だけになりました。
 次いでABC(Alma Bakuchi Club)で、昭和30年代後半にできたマージャンを楽しむ会でした。
会社での残業のため合唱練習に出られなくても、ABC活動に参加するため夜9時頃になると練習場の近くまでやってきて待っているメンバーをよく見かけました。
 その後、日本の経済高度成長がその極に達し、低成長へと移った頃、アルマメンバーは若者から中年となり、世のゴルフブームと相俟って団内のゴルフ人口が増え、AAC(Alma Alpine Club)の活動がスローダウンするのに反比例するように「AGC(Alma Golf Club)」の活動が活発になりました。
 こんなことを思い出しながら一覧表を眺めていると、すでに亡くなった方、アルマの現役活動から引退された方の名前が沢山見られて、時の推移を実感します。
このAGCが発展的にいつまでも続くよう祈っています。
 この表を見ていて、私が第5回で優勝し、第10回で準優勝していることを発見し驚いています。
すっかり忘れていましたが、第5回の太平洋クラブ六甲コース、第10回の愛宕原コース、思い出しました。
私などが上位入賞できたのはハンディキャップを沢山もらっていたのと、他の方が成績不振だったことがその理由で、私は100を切るのがやっとのヘボでした。
しかしこの表のお陰で懐かしい思い出がよみがえりました。森崎さん、有難う!
 現在活発なAGCやAWC(Alma Wine Club)の活動がアルマの明るい雰囲気づくりに大きく役立ち、本来の合唱活動に大変プラスになっていることを思い、両クラブのますますの発展を祈ります。
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                                B1 小寺祥雄
増田さん、なつかしい話をありがとう。
AACは、消滅してしまいましたが私は、山やスキーの手ほどきをそこで受けました。やみつきになって現在でもスキーは続けています。
 また、一昨年でしたか、尾崎喜八作詩の「天上沢」を歌うにあたって、北アルプスのスライドをお見せしたことがありましたが、あの写真のメンバーはほかならぬAACのメンバーでした。
女性の姿も写っていましたが、そのうちの一人は、故吉村信良氏の奥方の吉村昌子さんです。
 今回のAGC案内に添付していただいたAGC歴代入賞者一覧表はT1の三木様の作成ですが、三木様もれっきとしたAACのメンバーでスキーは大変うまく、当時(昭和30年代)スキーストックは南京竹が一般的でしたが、AACの中で彼だけが時代最先端のスチールストックをきらきらさせて急斜面をひらり、ひらりと今でいうウェーデルンで滑るものですから、ついた綽名が「貴族」でした。なつかしい思い出です。
 そして、AGC、増田さんが書かれているとおりですが、当方も最近は年齢相応に腰のあたりに異常感あって、いつまでがんばれるかなあ・・・なんて思う次第。
 しかし、アルマは歌のみにあらず、このような活動がアルマを支えていると思い、今後も楽しくやっていきたいと願うところです。
                            

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