演奏解説

. アルマ皆様 次回定演のチラシや表紙を飾る写真が団内募集されたのをきっかけに、今回もまた、ドナウ川をめぐってアルマならではの談義や写真投稿があり、大変楽しく拝見し、また感銘も受けました。

. 西村さんの美しいオーストリア・ドナウの写真の数々、松浦さん示唆により竹山さんが展開されたブダペストにおけるドナウ風景、いずれも素晴らしもので、存分に楽しませていただきました。有難うございます。
. そこで、いま私たちが上床さんの指導・指揮で歌っている「四つの古いハンガリー民謡」に関連してドナウのことを少し書いてみようと思いますので、最後までお付き合いくだされば幸いです。
. 20世紀最大の作曲家の一人であるバルトークは、ハンガリーを始めとする周辺各地の民俗音楽の収集、研究でも名高い。しかしそれは作曲の下準備や余技ではなく、彼の多大な業績の一つの大きな柱を形作っている。 バルトークが民俗音楽に興味と関心を抱くきっかけとなったのは次のような事情による。1904年の夏、バルトークはゲルリーツェ・ブスタという現スロバキア領にある避暑地で過ごし、翌年に予定されている演奏会のための作曲、演奏の準備を進めていた。
.  そのときトランシルバニア(現在はルーマニアの一部)から来ていた17歳の家政婦が歌う民謡を耳にし、これにバルトークは興味を惹かれたのである。そしてドーシャ・リディというその家政婦に歌ってもらった歌をノートに書きつけ、ピアノに向かてそれを弾いた。
. この時書き留められた旋律の一つが1905年にピアノ伴奏を付けて「ケーセイの民謡」として発表された。そして、ハンガリー民謡の美しいものを集め、出来る限りよい伴奏をつけて芸術歌曲の域にまで高めたい、という意思を友人に書き送っている。
. これがバルトークの民謡収集の始まりで、その後コダーイに出会い、ハンガリー民謡に関する科学的なアプローチの可能性があることを感じ取って、急速に交流を深めていく。
. そして、1906年6月から7月にかけて親戚が住んでいたトゥラに向かい、近郊の村でハンガリー民謡の収集を始めた。これが民謡収集旅行の始まりだがこのくだりはここまでで措く。
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.「四つの古いハンガリー民謡」の第2曲目に~ 村では一番の わしゃ色男 娘がキスしにくる ドナウの岸辺 ~という歌詞がある。 ドナウ川は皆様ご存じのように、ドイツの黒森(シュヴァルツヴァルト)地方にあるフルトヴァンゲン郊外を源流とし、オーストリアに入ってリンツを抜け、ウィーン盆地に至る。
. そのまま西進を続け、やがてスロバキアの首都ブラチスラバを下ってハンガリー領内に入る。その少し下流のドナウベンドと呼ばれる地域で、ドナウ川は直角に流れの向きを変え、首都ブダペストを通過してハンガリーの中央部―ハンガリー大平原をゆっくりと北から南へ貫流し、そして、クロアチアとセルビアの国境へ入っていく。
. ハンガリー国内では「ドナウの真珠」と呼ばれる美しい首都ブダペストを過ぎると、現在でも畑と森が広がる農村、田園地帯が広がり、人工構築物が見られない。 また、19世紀半ばにブダとペストとの間に鎖橋が架けられて以来、ブダペストには何本かの橋が架けれているが、その他の地域ではほとんど架橋されていない。 上に掲げた歌詞に戻る。ドナウ川が出てくる歌なので、バルトークはドナウ川に近いところで民謡を収集したのであろうと探してみると、1907年3月から4月にかけてトルナ県フェルシェーイレグ及び近郊の村で収集活動をしている。
ここで採集された民謡かどうか、確証はないが、とにかくドナウ川に近い場所の歌ではある。
. このあたりの様子を航空写真で眺めてみると、21世紀の現在でも一面の畑、牧草地、森が広がっており、その間をドナウが穏やかに悠々と流れている。ドナウに架かる橋とてなく、ただただ田園が広がるのみである。
……….
.                鎖橋にかかる月
. 添付ファイルでお送りした写真は私より20数年後輩の京大法学部卒で、現在大阪家裁で家事調停委員を務める女性が撮影したブダペストの鎖橋の夜景である。ドナウの
. 「娘がキスしにくる ドナウの岸辺」のドナウは、これとは様相を異にしたハンガリー大平原をゆったりと流れる大河である。
. そこは田園と森と川のほかには何もない。ブダペストに憧れ、「そこにはきれいな娘がいる、さあ出ていこうぜ、あのブダペストへ」とはやる若者がいる田舎の村だ。
. いまから110年前、だからもっともっと草莽の地であったであろう農村地帯―それは当時のオーストリー=ハンガリー二重帝国のハンガリー王国に属していた―で、ブダペストから来たという都会者のバルトークを訝り、警戒する農民に意を尽くし、誠実に対応して民謡収集に努めたバルトークの姿が偲ばれる。
. .                                                                                                   .増田 博

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