演奏解説


「心の四季」覚書――(はじめに)  林 茂紀  
.  太田さんがアルマでの指揮デビュー曲として髙田三郎作曲「心の四季」を選ばれた。
この組曲は「わたしの願い」(1961年)「水のいのち」(1964年)に次ぐ混声合唱組曲として1967年に作曲、NHK名古屋よりラジオ放送初演された。
.  前2組曲の男声版をアルマは鮎川さんの指揮、福島さんのピアノで演奏している(2010年「水のいのち」2014年「わたしの願い」)。

.  奇しくも4年毎に髙田作品を取り上げることになる。
.  太田さんは「水のいのち」と共にこの組曲も「合唱曲の王道」と評された。
.  太田さんの熟慮した上での意気込み・覚悟をひしと感じている。

.  今回使用する「心の四季」の男声合唱版は2002年、髙田の3回忌に須賀敬一の編曲・阿部の指揮で東海メールクワイアーによって初演された、と楽譜に記されているのを見て林は驚いた。
.  組曲「雨」をめぐる随想5の中で触れたように、阿部さんは林が高校1年の12月まで在籍した合唱部の指導者だった。
.  東京芸大卒のバリトン歌手でもあり、山形東高では男声・混声、次の赴任校山形西高では女声合唱の指導にあたりNHK全国合唱コンクール金賞受賞の常連となり、その名を全国の合唱関係者に知られた。
(練習時に、上床さんが高校時代にその存在を知ったと話されたときは本当に驚いたものだった。)
.  阿部さんは1961年髙田三郎「大屋根」(男声合唱)でNHKコンクール優勝、その後も髙田作品を取り上げ続けられたようで「東の高田名人」と称されていたと初めて知った(東海メールクワイアー「心の四季」作品考)。
.  彼の指揮による演奏を「心の四季」では「みずすまし」「雪の日に」をYoutube で聴くことができる(1971年山形西高)。
.  10代後半の女子高生がこんなにも深い成熟した表現で歌えるのかと驚かずにおれない。一聴をお勧めしたい。

.  さて『心の四季』はすべて吉野弘(1926―2014)の詩によっている。
.  詩の発表順に記すと以下のようになる。
・Ⅵ「雪の日に」1957年刊、処女詩集『消息』所収
・Ⅲ「流れ(岩が)」Ⅳ「山が」1959年刊、『幻・方法』所収
・Ⅱ「みずすまし」Ⅲ「流れ(岩が)」Ⅳ「山が」Ⅴ「愛そして風」Ⅵ「雪の日に」Ⅶ「真昼の星(星)」
――以上1971年刊『感傷旅行』(第4詩集)所収
.  1999年刊『吉野弘詩集』(ハルキ文庫)の自筆年譜によれば第3詩集は1964年刊詩画集『10ワットの太陽』であり、その次に1967年「十一月、合唱組曲『心の四季』を髙田三郎氏の作曲で制作しNHKで放送。」と記されている。
.  ここから第1第2詩集に収められた3篇以外は、高田三郎による作曲を想定して書かれた詩という可能性大と読み取れる。
詳しくは2014年刊『吉野弘全詩集』を見なければならないが、それは後日になるだろう。
(なお前掲『吉野弘詩集』には、<四季> 夏に「みずすまし」秋に「愛そして風」冬に「雪の日に」。

<空山海・樹ほか>に「真昼の星」「山が」が掲載されている。)

.  彼は山形県の生まれ・育ちだった。しかもT2前田さんが住んでおられた最上川河口酒田市の。
二重の縁を感じずにはおれず、またまた勝手にこのような「覚書」を記し始めた次第です。                 (2018.05.21)
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「心の四季」覚書1  林 茂紀  
. 山科図書館で「吉野弘全詩集」を借りてきた。京都市図書館に一冊しか無いのを取り寄せてもらったのだ。1055頁に及ぶ大著である。
. 初版は一九九四年でその年のうちに第三刷まで刊行、新装版としての再刊が二〇〇四年。
. 手にしているのは増補新版で二〇〇四年著者が亡くなった直後に刊行され、ひと月を待たずに第二刷が発行されている。
. 我々が歌う『心の四季』に収められている詩をその題名から探してみる。
すると、既に発表されていた詩をもとに書き改められた詩が幾つかあることに気付いた。
. それをまず発表順に紹介したい。
.
雪の日に

…――誠実でありたい。
…そんなねがいを
…どこから手に入れた。
.
…それは すでに
…欺くことでしかないのに。
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…それが突然わかってしまった雪の
…かなしみの上に 新しい雪が ひたひたと
…かさなっている。
.
…雪は 一度 世界を包んでしまうと
…そのあと 限りなく降りつづけねばならない。
…純白をあとからあとからかさねてゆかないと
…雪のよごれをかくすことが出来ないのだ。
.
…誠実が 誠実を
…どうしたら欺かないでいることが出来るか
…それが もはや
…誠実の手には負えなくなってしまったかのように
…雪は今日も降っている
.
…雪の上に雪が
…その上から雪が
…たとえようのない重さで
…ひたひたと かさねられてゆく
…かさなってゆく
(一九五六年〈詩学〉・一九五七年第一詩集『消息』)
.
 岩が
…岩が しぶきをあげ
…流れに逆らっていた。
…岩の横を 川上へ
…強靭な尾をもった魚が 力強く
…ひっそりと 泳いですぎた。
…逆らうにしても
…それぞれに特有な
…そして精いっぱいな
…仕方があるもの。
…魚が岩を憐れんだり
…岩が魚を卑しめたりしないのが
…いかにも爽やかだ。
…流れは豊かに
…むしろ 卑屈なものたちを
…押し流していた。
(一九五七年〈緑館〉・一九五九年第二詩集『幻・方法』 この詩を元にして一九六七年「流れ」がつくられた)
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山が
…山が遠くから
…人の心をとりこにする。
.
…人がその心を
…さがしにゆく。
.
…つまり
…身体ごととりこになる。
.
(一九五七年〈谺〉・第二詩集『幻・方法』歌詞では「つまり」を「それで」と改めている)
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みずすまし
…一滴の水銀のように やや重く
…水の面を凹ませて 浮いている
…泳ぎまわっている
…そして時折 ついと水にもぐる
.
…あれは暗示的な行為
…浮くだけでなく もぐること
.
…ぼくらがその上で生きている
…日常という名の水面を考えるだけで
…思い半ばにすぎよう――日常はぶ厚い。
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…水にもぐった みずすまし
…その深さはわずかでも
…なにほどか 水の阻止に出会う筈。
.
…身体を締めつけ 押し返す
…水の力を知っていよう。
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…してみれば みずすましが
…水の表裏往来し出没していることは
…感嘆していいこと。
.
…みずすましが死ぬと
…水はその力をゆるめ
…むくろを黙って水底へ抱きとってくれる
…それは みずすましには知らせない水の好意。
.
(一九六五年〈銀河〉・一九七一年第四詩集『感傷旅行』の「春」
所収 この詩の後に一九六七年「歌詞」として書き改められた詩が掲載されている)

(2018.5.24)
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「心の四季」覚書2(風が)  林 茂紀  
. 第一曲「風が」は、この曲だけで「心の四季」のエッセンスを表すものとして作詞・作曲されたように受け取れる。
.  自然の四季を「桜の花びら」「葡萄の実」「銀杏の葉」「雪」で描き、それに対応する次の一行を書き添えるかたちで。
.. 春には「――人は 見えない時間に吹かれている」
.. 夏には「――人は 見えない時間にみがかれている」
.. 秋には「――・・・・・・・・・・・・・・・・・」(無言による表現!)
.. 冬には「――私は 見えない時間に包まれている」

. この稿では、まず九日に歌われる六曲目「雪の日に」に呼応するかたちで記してみたい。

…雪がすべてを真白に包む
…冬がそれだけ汚れやすくなる
…汚れを包もうと また雪が降る  (「風が」より)

. 一見すると逆説的に読める。真っ白になることは、それだけ汚れやすくなるということ、と。が、雪国で生まれ育った者として、白い雪そのものが既に汚れを抱いていることを子供時代から感覚として知っていたように思う。
. 雪が溶けると、積もった雪の表面には汚れが浮いてくる(雪解け時期には特に顕著だった)。
.  それがいつも不思議だった。一体どこからこの汚れは出てきたのかと。
.  これは一種の凝縮または濃縮のようなものだ、雪が溶けて体積が減ると、雪の中に隠されていた汚れが集まって目に見えるようになるのだと考えるようになったのは、中学生の頃だったか。
.  その汚れは雪が大気中の塵埃を抱きとって地面に運んできたものだ。また雪の上に降り積もった塵埃もあるだろうと考えた。
.  その上に雪が降り積もる。スコップで穴を掘ると、白い雪と汚れが幅の不揃いな層になっていたものだ。ただそれだけだった。
.  後年、立山の「雪の大谷」を歩いた時、十数メートルに及ぶ層を見て「やはり」と合点したものだったが・・・。

. しかし詩人 吉野弘はそこに意味を読み取ろうとする。
. 五六年の「雪の日に」では、雪の白さに「誠実」を重ねている。いったん降り積もってしまった雪はよごれてしまわざるを得ない。
.  それは純白=誠実であることを「欺くこと」である。

.  それ故、雪は純白=誠実であろうとする限り「限りなく降り続けなければならない」、おのれの「よごれをかくす」ために。
.  雪は、そのことを知ってしまった「かなしみ」のあまり、自分ではどうしようもなくなったかのように、際限なく降り続けるというのである。

. 六七年『心の四季』の「雪の日に」は、韻も踏み、歌いやすいリズムで書かれている。
. そして「雪の白さ」を誰もが信じるが「信じられている雪は せつない」と破調(字余り)で書く(それは後の「みずからの手に負えなくなってしまったかのように」で更に増幅されている)。
.  ここで吉野は雪と人の心を同等に見ようとする。「どこに 純白な心など あろう」「どこに 汚れぬ雪など あろう」と。
. こうして二行・三行・二行・三行で「うわべの白さを こらえながら」降り続ける雪を詠った後、第五連で視点を「空の高みに」向ける。しかも四行で。
最初の転換である。髙田三郎は、ここ天上で雪の生まれる世界を、女声に美しく憧れに満ちて歌わせるべく作曲された(混声版)。
.  男声版ではテノールのソリが、それを担う。

「雪は 汚れぬものとして いつまでも白いものとして 空の高みに生まれたのだ」そしてこの連のラスト四行目にキーワード「悲しみ」が出てくる(二連の「せつない」に対応)。
.「その悲しみを どうふらそう」と。それをどう読み、どう歌うか・・・。
. その後は、ただただおのれの「汚れを かくすため」「あとから あとから」「はげしく ふりつづける」ほかない雪を、三行・三行・七行・六行で歌い続け歌い重ねていくことになる。
「おのれを どうしたら 欺かないで生きられるだろう」と問い、それがもう自分の「手には負えなくなってしまったかのように」降り続ける雪のように。
.  髙田はこの歌詞を終始八分の十二拍子で、切迫した緊張感をもって疾駆するような一曲にした。     (2018.6.8)
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「心の四季」覚書3(流れ)  林 茂紀  
. 第3曲「流れ」を次回の練習で取り上げたいと太田さんが言われた。
最初からどれかをカットするのでなく、とにかく全曲にあたってみたいとのこと。
1「風が」Andante 、2「みずすまし」Moderato assaiに対して、3「流れ」Allegro moderato 12/8で曲は俄然勢いよく動き出す。
.  ピアノは瀬を噛む川の流れを休みなく表現し(1~25,42~55)、合唱はその流れを全身で感じながら、岩になり(1連)、魚になり(2連)、両者になって(3連)その生き方を歌っていく。

.「覚書1」(5月24日付)で、この「流れ」の原詩が、その10年前に書かれた「岩が」の15行詩だったことに触れた。
.   その「岩が」では、川の流れに対する岩と魚の「逆らい方」を、静と動で対比して描きつつ「それぞれに特有な そして精いっぱいな 仕方がある」と書き、「魚が岩を憐れんだり 岩が魚を卑しめたりしないのが いかにも爽やかだ」と捉えた。
.  更には、岩と魚にとって逆らうべき「流れ」に対しても「流れは豊かに むしろ 卑屈なものたちを 押し流していた」という眼差しを注ぐ。
. この、三者を相容れぬ対立的な存在としては捉えない視点は『心の四季』の「流れ」にも貫かれている。
.  更に、ここでは4行✕6連の形式で書き直され、言葉遣いもリズミカルで勢いがある。
.  また髙田さんは、この題名に対応してピアノ譜を書かれたのだろう。

.(ふと林はシューベルト「美しい水車小屋の娘」第2曲「どこへ?」を想った。)

…岩が しぶきを あげていた
…深みを渡る 馬のよう
…青い流れを噛みながら
…ひとつところに 阻まれて

.酷暑続きのなかで心身に異変を感じた林は脱出を敢行した。その先で、この「流れ」を想起することになったのだった。
..
黒部川、鐘釣駅から河原に降り立って見た…….「あきらめ知らぬ 馬のよう」「武骨な岩は 水を
流れと岩である(7月19日)………………………..噛む」水中の岩は、まさにそんな姿だと思った。
………………………………………………………….だが豪雨の影響から水は「青い流れ」とは言い
………………………………………………………….難かった。そこでもう一枚。
………………………………………………………….支流、黒薙川の流れと岩である。(2017年10月)

願わくば一服の涼とともに! (2018.7.23)
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「髙田三郎に関して」  増田 博  
.  アルマのピアニストからメーリングリストへのメールの中に「皆様の『高田三郎』観(論?)や、高田三郎曲のここが好き、のようなお話もしていただければ嬉しいです」というくだりがあったが、団員の投稿が出てこなかったので、思いついたことを書いてみた。

. 「出来れば簡単に…」とあったので、それに従った。

.  さて、60年を超える長い合唱生活の中で、自分はどれぐらい髙田作品を歌ったのだろうか、思い返してみた。そんなに多くはない。
.  抜けているものもあるかも知れないが、おおむね次の通りである。(回数表示はステージで歌った回数を示す)
・組曲「水のいのち」  混声2回  男声4回     詩:高野喜久雄
・組曲「心の四季」   混声2回           詩:高野喜久雄
・男声合唱曲集「海」  1回             詩:北川 冬彦
「あたたかい島にて」「丸い影」「渚」「波」「海景色」
・男声合唱曲集「季節と足跡」から2曲   2回    詩:北川 冬彦
「梢」「一本一本」
・男声合唱曲集「民謡による 北国の歌」から1曲  1回
「南部牛追い歌」(岩手)

.  これらを通して思い起こすと、髙田さんの作品はどれも優しさ(易しさではない)、温かさ、柔和さに満ち溢れている。
.  清明で、淀んだり、支(つか)えたりしない。けれども、この平明そうにみえる曲群は歌いこなすことがなかなか難しい。曲の構成がしっかりしている。
.  髙田さんという人は、きっと厳しい人に違いない。それも他人には優しく、自分には極めて厳格な人だと思う。それが作品によく出ている。
.  それから、髙田さんの作品はどの曲も音符と言葉の関係が実に滑らかである。

. 歌っていて、例えば、魚の小骨が喉にささるとか、食べ物が喉に支えるとかの感じがまったくなく、柔らかくすっと喉を通って行く感じである。
.  音楽と言葉の扱いが抜群である。髙田さんがある書物で『……、私が永い間磨いて来た日本語の処理、特に語り物、琵琶、浄瑠璃、謡曲などの特性をも綜合した自分自身の手法…』と語っておられることからも肯ける。
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.  髙田さんのもう一つの「本領」は、命をかけて成し遂げたともいえる「典礼聖歌」の作曲である。
.  今年度、Palestrinaのミサ曲を歌うことになり、林茂紀さんや私がミサのことについて叙述した中で、第二バチカン公会議(1962~1965)というのが出てきたのを記憶してくださっている方もあると思うが、この公会議以降、カトリック教会では「典礼聖歌」という新しいジャンルができ、日本では髙田さんがその作曲を指名された。
.  髙田さんは敬虔なカトリック教徒である。「典礼聖歌」の歌詞は、聖書をテクストとする日本語であり、それは神の言葉である。
.  髙田さんは、「内容を取り違える」という過誤の全く許されない仕事であることをまず覚悟され、テクストの勉強には可能な限りの努力をしたということである。
.  かくして約130曲からなる「典礼聖歌」ができた。

. 髙田さんはいう、「この集の中の歌は、神の直ぐ前に立って神に直接うたいかける祈りである。
.  よい声で、よく廻る喉でうたう歌ではない。旧約の信仰、新約のことばを、自分たち自身ときいている人々の心の奥にまで届け、その心に深く刻むためにうたう旋律である」と。
.  日本基督教団(=プロテスタント)讃美歌委員会発行の讃美歌は、1954(昭和29)年に改定されたままで今日まできたが、神学上の問題や、現代に適合しない歌詞のものがあるなどのため、1997(平成5)年にきたるべき21世紀への展望を持って讃美歌を改定し、『讃美歌21』と名付けて新版が発行された。
. その中に「典礼聖歌」から2曲、髙田さんの曲が採られ、収められている。(2018.10.31)

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「心の四季」覚書4(山が)  林 茂紀  
. 太田さんは「山が」を練習のはじめに取り上げると「いつも発声練習みたいにして・・・」とはにかまれるが、歌う方にとっても実はありがたいことと感じていた。
.  変に緊張することもなく、くつろいで伸びやかな気分になって歌うことができるからだろうか。

..山が遠くから
..人の心をとりこにする。

.  遠くにある山が、それを眺める、またはその山を想い浮かべる人の心を「とりこ」にするという。つまり人は「心ここにあらず」という状態になってしまう。

.  自分の住む日常の世界から遊離して、その山のあちこちをさまよい出している自分。

.  歩くにつれて展開する眺望を想い浮かべると、もう居ても立ってもいられなくなる。が、山は自分から近づいて来てはくれない。

..人がその心を
..さがしにゆく。

.  そこで人は自分から山へと向かうことになる。
あれこれ準備し、時には自らの属する日常から脱出する形ででも出かけていく。

.  それを吉野弘はこう言う。

..それで
..身体ごととりこになる.

.  なるほどなあと共感してしまう自分がいる。
.  先ずは心が先に山へと飛んでいってしまう。その憧れは抑えようがない。

.  心は山に、身体は日常にという乖離。果たすべき役割や課題が日常の場に自分をつなぎ止める。

.  だがふと気がつくと、心は山をさまよっている。
ではどうしたらいいのか。心がここに戻ってきてくれない以上、身体の方から心を探すようにして出かけるほかないではないか。

.  吉野は「心の四季」のために、前にも(覚書1)触れたが「つまり」を「それで」に置き換えた。

.「つまり」では解釈めいて理屈っぽくなる。

.「それで」にしただけで動きが自然になるし、柔らかなユーモアすら生まれるようだ。
. 髙田さんは、これを四分の二拍子で作曲された。まるで山へと歩く足取りを表すように。

.  そしてピアノには小節ごとに上行する十六分音符の音型で歌わせ、その一歩ごとに穏やかに満ちていく心の動きを託しているようだ。

.  そして、時おり心が空中に解き放たれるように、付点四分音符や四分音符を右手で歌わせる。

.  そこで「心をとりこにする」「(心を)さがしにゆく」と我々は歌うのだから、伸びやかな肯定感の動きを感じ味わうことになる。

.  また最後の「O―」は、まるでヨーデルのようだ。

.   が、大声で「やっほー」などと叫ぶことはせず、あくまで控えめである。

. この曲は山歩きの現場を歌っているのではないという、ある距離感のようなものを感じる。

.  そもそもこれは山に憧れ、身も心もそのとりこになる「人の心」の在りようを歌っているのだった。

.  また、憧れの対象は何も山に限ったことではないなどと意識すると、この曲のすぐ後に「愛そして風」(枯葦:晩秋)が来ることの暗示的なつながりへと目を向けたくなる。

.   が、ここで「それ以上の詮索は無用」という声が、どこからかしたのだった。        (2018年11月20~24日)
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「心の四季」覚書5(みずすまし)  林 茂紀  
 前回は、四曲目の「山が」をめぐって心の赴くままに記したが、今回は曲を限らずに、ひとつの言葉に導かれながら記そうと思う。

 前回記していて、何度か「日常」という言葉を使っていることに気づいていた。「自分の住む日常の世界から遊離して・・」「時には自らの属する日常から脱出する形で・・」「心は山に、身体は日常にという乖離」
「果たすべき役割や課題が日常の場に自分をつなぎ止める」という具合。
 このように記しながら、想いは二曲目「みずすまし」へと飛んでいくようだった。そこには「日常」が重い言葉としてあったからだ。 
.
 わたしたちは
 日常という名の 水の面に生きている
 浮いている だが もぐらない
 もぐれない ―― 日常は分厚い

.
 吉野弘は、一滴の水銀のように小さな身体のみずすましを注視している。水面を凹ませながら浮き、すばしこく泳ぎ回り、時折もぐるその動きを見まもり、とりわけ「浮くだけでなく もぐること」に、ある暗示的なものを感じ取っている。みずすましにとっての水面から、人間にとっての日常を連想しているのだ。
 我々人間は日常の世界に暮らしている。みずすましのように自由自在に、その下にもぐったりしない。いや、その分厚さに阻まれて、もぐれないと言うのだ。ここで「もぐる」とはどんなことを指しているのだろう。吉野は「暗示的なこと」とのみ表現し、あとは我々の読みに委ねている。
 みずすましが浮いているのは水面に表面張力が働いているからと太田さんが話されたことがあった。その時「針で突けば破れてしまうような」と思わず口を出したことを思い出す。
 我々は、仕事に従事していた時には、仕事を日常生活の柱にして暮らしていただろう(現役の方は今もそうだろう)。仕事と家庭、地域、社会。個人の内面に目を向ければ、これらの日常に対処すべく活動の大半を向けているであろう。分厚い日常。
 それが破れるようなこととして地震などの災害や事故、病気などが浮かぶ。まして3・11後には、また今年は。だが、この詩ではそれらは視野に入ってはいないだろう。では「もぐる」とはどこに? そうした日常の埒外に出ること? 意識下の世界に沈潜すること?
 かつて「覚書1」で紹介した「みずすまし」初稿には次のように書かれていた。
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 してみれば みずすましが
 水の表裏往来し出没していることは
 感嘆していいこと。

.
 ここではみずすましを活動の自由自在さの象徴として捉えているように読める。また精神の自由さを指しているようにも。
.ちなみに、みずすましは体調わずか6~7ミリ。目は複眼で、敵から身を護るべく水面の上下が見えるように4つある。
中足と後足を一秒間に五十回ほども動かして超高速で水面を動き回る。これがみずすましにとっての日常だ。 吉野は、めまぐるしく動き回るみずすましの黒い身体が水面上に文字を描いているように見てとり、その発見をうたう。
「不思議な文字は 何と読むのか」と。
.
.練習の帰り道、不意に「みずすまし」の次の詩句が浮かんできた。
.
 生きる力を さりげなく
 水の中から持ち帰る

.
. 練習後の疲れを感じつつも、充実した練習の高揚感がそうさせたのかと思った。いい練習ができると、まさにこの詩句に通じる実感をこれまでも味わってきていた。それがここではっきり響き合ったのだった。

. その前には「水の阻み」「体を締めつけ 押し返す 水の力に出会う筈」とある。水の抵抗とでも言うべきそれらの力にめげずに潜っていくみずすましの姿から、吉野は、ある励ましを感じ取っている。
分厚い日常の世界であがいているわたしたちも、このみずすましのように生きることで、日常のしがらみから自分を解き放ち、「生きる力」を得て戻ってくることができるのではないか。
 ここにはまた、日常とは異次元の世界(合唱も入るだろう)に遊び活動することでリフレッシュし、新たなエネルギーを得て、また日常を生きる我々の姿が映されているようにも思われたのだった。
 帰りの電車内で、想いは次の詩句に及んだ。
.
  みずすまし ――
  あなたが死ぬと
  水はその力をゆるめ
  むくろを黙って抱きとってくれる 

.
. ふと、力をゆるめたのは水だけではなかったのだと気付く。
みずすましも水面という日常をめまぐるしく動き回りながら必死に生きていたのだ。
 それをやめるのは死ぬ時。その時、水は力をゆるめ抱きとってくれる。
みずすましに、よく生きたと大肯定するように。
.そういうことかと思った。
.
..ここまで記した時、近所のおばあさんが今朝亡くなったとの知らせが届いた。
享年九十二歳。最近まで同年輩のおじいさんと二人、広い畑に毎日のように出ては働いていた。
..かつて春には耕して水田を作り、田植えをしては秋に刈り取り。その後はまた耕して数十メートルの畝を幾筋も作り、ほうれん草の種を蒔き、育てた後は日々収穫し軽トラに乗せて帰り、洗って束にしては出荷する。その頃は茄子も手広く育てていた。
. ある時農道を走ってくる軽トラに、人の姿が見えなかった。えっ!と驚き、よく見るとそのMさんがちゃんと運転していた。
. 運転席にめり込むように小柄で、ハンドルと殆ど同じ高さに顔が見えた。思わず笑ってしまいながら、感嘆もしたのだった。
. 二人はまさに篤農家だった。隣接する畑の端にも一列、ごぼうや大根を立派に育てていた。
こちらの雑草だらけの狭い畑を見下ろしては何かと声をかけてこられた。
. ある秋には「あっ、ゆうやんか」と声を上げた。
我が家の柚子がざらんざらんと実をつけ色づいた初めての時だったか。
 この十月までは畑にかがみ込んで、草むしりをする姿が見られた。
その腰の曲がった小さな姿は土と一体化しているようにも見えた。
.
. 最近見かけないなあと家で話していたばかりだった。訃報を町内に届けるべく自転車を走らせた。
                   (2018.12.13)

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